研究紹介
【はじめに】薬の効果(薬効)を考える上で、その基礎をなしているものは、受容体理論です。同じ量の薬を処方された患者さんたちの薬効にはバラツキが見られることが多く、この説明としては、それぞれの患者さんの薬物受容体の感受性に差異があることと、薬物の曝露量や曝露時間にバラツキ(個人差)があることによります。このことは、薬効が体内の作用部位中の薬物濃度に依存して出現することによりますが、この関係を図1に示します。
この図で薬物動態学(PK)とは、薬物が投与され、作用部位に到達する過程を取り扱い、薬物の吸収、分布、代謝、排泄の時間的経過を定量的に研究するもので、薬力学(PD)とは、作用部位における薬効などの生物学的な働きを定量的に研究する学問です。従来この2つは独立して発展してきましたが、もし、薬効が可逆的であり、作用部位における薬物の濃度が生体をいくつかの分画(これをコンパートメントと呼びます)に分けた中の1つのコンパートメント中の濃度によってあらわすことができれば、PKとPDの両者の関係を時間の関数として数学的モデルにより解析することで、ある投与量が与えられたときの薬効の経時的な変化を予測できる可能性があります。
血中濃度-効果(PK/PD)モデリングとは、同じ時間の関数としてPKモデルとPDモデルの2つを結合したものといえます。
PK/PDモデル解析におけるモデルの選択としては、PKモデルにより得られた薬物の濃度が作用部位における薬物濃度を反映しているのか、また、PDモデルにより得られた薬効は、作用部位における薬理作用を反映したものかどうかを検討することが重要なこととなります。次に研究の実例について紹介したいと思います。
【研究の実例】はじめに、高血圧症の治療薬である、α1受容体遮断薬である、ブナゾシンについて、PK/PDモデルを用いて説明します。腎機能障害を持つ高血圧症患者にブナゾシン3mgを1回経口投与し、ブナゾシンの血中濃度および降圧効果を計測しました。
そうすると、図3に示すように、血中濃度と効果(薬効)には相関関係があまり認められません。そこで、血中濃度の経時的な推移に対する効果の発現をグラフにしてみました。
この図は、ブナゾシンの薬効の時間経過が反時計方向廻りに回転していることを示しています。それはすなわち、薬物濃度の時間推移と効果の発現に時間のずれが生じている(薬効が薬物濃度の時間推移にたいして遅れて発現する)ことを示しています。そこで薬効を発現する部位を仮想的なコンパートメント(薬効を表すコンパートメント)として、PKモデルに組み入れました。
この場合、薬効は薬物濃度と薬効の関係がS字状の曲線を示す、いわゆるHillの式にしたがうものとして考えました。このモデルにより、薬効コンパートメント中濃度と薬効(血圧下降度)との関係を解析すると、図6のようになりました。
図6から、PK/PDモデルを用いることにより、薬効コンパートメント中濃度と血圧下降度との間には直線関係、すなわち、薬効は薬効コンパートメント中濃度に比例することがわかりました。このことはこのモデルの妥当性を証明することでもありました。
このようなモデルによる解析の利点としては、将来の投与量に対する薬効を予測できることがあります。すなわち、患者さんに最大の効果を生ずる薬物の投与量およびそのときに得られるであろう効果を予測することができ、名医のさじ加減を科学的な根拠に基づいて行うことができることにあります。
薬物による治療とは、今述べたような個人の治療を科学的根拠に基づいて行うだけではなく、集団としての患者群をより効果的に治療することも必要となってきます。母集団解析法(ポピュレーションファーマコキネティクス、PPKあるいはPPKPD)はそのような特定の患者集団を効果的に治療することを可能にする研究方法論であり、薬物代謝酵素遺伝子の活性の違いや受容体遺伝子の感受性の違いも組み入れることのできるものであり、これを活用することにより、テーラーメード医療の実現化につながることが期待できると考えられます。今後はこれらを用いて更なる科学的かつ合理的薬物治療の発展を目指したいと考えております。
薬物受容体理論に基づいた投与量と薬効の関係